無駄な時間は存在するのか

日々思うこと

最近は何でも時短と、短時間で行えることが歓迎されています。

忙しい時は時短レシピがあると本当に助かるし、簡単に美味しい物が食べられるととても便利ですよね。

でもその一方で、こうも思います。

時短によって省かれた時間は、本当に無駄な時間だったのか。

私は料理をするようになってから、味噌汁の美味しさを改めて知りました。少し前までは、お椀の中で味噌をお湯で溶く即席味噌汁を飲んでいましたが、ある時母から出汁パックをもらい、それを使ってきちんと鍋でお味噌汁を作ってみたのです。当然ですが、出汁から丁寧に作った味噌汁と、お椀の中で作った即席味噌汁とでは、味が全く違いました。それからというもの味噌汁はきちんと鍋で出汁を使って作るようになりました。さすがに一人分に出汁パック一つ使うのはもったいないので、週末に出汁を取り、製氷機に入れて冷凍するようにしています。今は出汁パックを使っていますが、きちんと一から出汁を取ることにも挑戦したいです。

美味しい味噌汁を飲んで、出汁を取った時間は決して無駄ではなかったと感じる。

心を動かす感動を得るには、やはりじっくり時間を掛けた工程が必要なんじゃないかと思います。

映画も倍速で観た場合と、元の速度で観た場合では、理解度や感動度は全然違うはずです。映画は特にセリフや話の展開だけではなく、間合いや雰囲気で伝わる場面があるので、倍速で観てしまうと作品の魅力の大半を見落とすことになります。これは私の個人的な意見ですが、倍速で観てしまうと、セリフで発せられた情報と、分かりやすいジェスチャーや表現しか拾えないので、その奥にあるメッセージを読み取ることが非常に難しいのではないでしょうか。分かりやすく与えられた情報しか理解できない。せっかく映画を観たのに、内容の半分も理解せず、観た気になるなんて本当にもったいない。

あともう一つ感じていることが、時短することで時間を節約できたはずなのに、体感する時間はどんどん短くなっていることです。インターネットが登場して以来、世の中のスピードはどんどん上がっています。いくら無駄な時間を省いても、時間はどんどん早くなり、何かに追われるように毎日が過ぎてしまいます。どうすればもっと時間を感じることができるのか。

それには、物事とじっくり向き合うことが重要ではないかと思います。今は何をするにも、片手にはスマホがあって、一つの行動に集中しにくい環境にいると思います。そうなると集中力が分散されて、何をしても片手間の体験になってしまいます。

例えば何かを作るとき、そのひと時にぐっと集中力をかけると、時間と自分の間に重力が働く気がするのです。その集中力が重しとなり、流れていく時間の体感はずっと長くなる。

もちろん全てのことに1日中集中すると、さすがに疲れてしまうので、何かここぞという場面を1日に一つ二つ作って取り組んでみる。時間自体は増えませんが、人間はそれとは別に体感する時間を持っていると思います。濃い体験を増やしていくことで、体感できる時間もどんどん増えていくのではないでしょうか。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました