最近読んだ本「人は、なぜさみしさに苦しむのか?」中野 信子

コメンテーターとして、テレビでもお馴染みの脳科学者 中野 信子先生の著書「人は、なぜさみしさに苦しむのか?」を読みました。

この本を選んだ理由は、もともと中野先生のお話が興味深くて好きだったのと、タイトルに惹かれたことがきっかけです。私自身一人が好きなタイプなので、どちらかと言うとさみしがり屋ではないのですが、そんな私でもここ最近一人でいる時はさみしくないのに、誰かといると急に「さみしい」気持ちが湧き上がってくることがありました。そして「さみしい」気持ちと一緒に「むなしい」「みじめ」といったネガティブな気持ちも湧き上がってきて、なんとなくモヤモヤした状態が続いていました。

そもそも「さみしい」の言語的意味は、「あるべきものがなくて満たされていない気持ち」「人の気配がなくひっそりと心細い気持ち」だそうです。

こちらの本では、「さみしい」という感情を脳科学的、生物学的な視点から分析されていて、とても客観的な視点で書かれています。本によると、そもそも人類の脳や心は石器時代からあまり変わっておらず、死と隣り合わせで生きていた時代の生存本能が、現代の生活にも適応されているとのこと。集団でいることが安全だった石器時代に比べ、現代は集団でいることは必須ではなく、人類の脳や心が環境に適応する前に、生活環境が先に激変してしまったことで、必要以上に不安な感情を抱いている可能性があるそうです。育った環境やもともとの性格で、「さみしい」の感じ方や強弱は人それぞれだと思いますが、こういう要因もあるのだなと知っていると、少し心がラクになるかもしれませんね。

その他にも、「さみしい=ネガティブ」という認識が社会的に浸透しているため、より負の感情として受け取りやすいそうです。確かに私自身、一人旅など一人で行動することにネガティブなイメージを持っていないのですが、人によっては「一人で旅行なんて楽しいの?」「友達がいないのかな?」といったネガティブなイメージを持つ方もいるようです。私の場合、他人から受け取る感情のせいで、結構傷ついてしまうこともあって、頭では「気にしなくていい」と思っていても、なかなか割り切ることができませんでした。でも「さみしい」感情を持ち合わせていない人はいないし、人の行動や生き方にあれこれ言う人だって、それぞれ別の「さみしい」を抱えているわけで、きっと100%満たされた生活をしている人なんてこの世に存在しないんだなと。分かっているつもりでしたが、改めて頭のなかを整理できた気がしました。

もう一つ興味深いと思ったのが、『「平凡な人生」に対するもの足りなさが、さみしさを生む?』という章です。前頭前皮質の発達が落ち着いてくると、より長期的な視点で物事を見られるようになり、「現状幸せでも、行動に移さなかったことにより、失われた未来があるかもかもしれない」といった失われる予感によって、本能的にさみしさを感じることがあるそうです。これって今の自分に結構当てはまってる気がして、平凡な人生を望んでいる一方で、何か行動しないとという焦りも同時にある。私が感じているさみしさの理由は、結構ここにあるのかもしれないと思いました。

本の中では、他にもいろいろな「さみしい」を感じる要因が紹介されていました。ご興味があれば、ぜひ読んでみて下さい。なんとなく分かっていたことでも、きちんと言語化されたものを読むと、より気持ちが整理されると思います。あと、本の中では人と関わることは健康上とても重要であることも書かれていました。私は一人で過ごすことも好きですが、人と関わりたくないわけではないので、いい具合にバランスを取っていけたらなと思いました。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

※本のなかで、中野先生は「寂しい」や「淋しい」ではなく、「さみしい」という表現を使われていたので、私のブログでもその表現で書かせていただきました。

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