Netflixドラマ「アドレセンス」を観て

映画&ドラマ

Netflixで話題のイギリスドラマ「アドレセンス」を観ました。

お話としては、殺人容疑で13歳の少年が逮捕されるところから始まり、事件を通して少年の家族、警察関係者、学校の友達や教師の現実を映し出します。

~以下、ネタバレを含みます~

このドラマが話題になっている理由の一つが、1エピソードをワンカットで撮影しているということです。例えば第一話では、警察の待機から、容疑者宅への突入・逮捕、容疑者の留置場収容・取り調べまでをワンカットで撮影しています。今までもスタジオ内やセット内での長回し撮影などは観たことありますが、野外から屋内、更に車移動も全てワンカットで撮影っていうのは、前代未聞ではないでしょうか。映像自体とても見応えがあるのは当然なんですけど、役者の演技や演出に大袈裟なものがないので、リアリティがあるし、自分も一緒にそのシチュエーションを体験している気分になります。

このドラマを観て改めて考えさせられたのは、現代の子供たちとSNSの関係です。私も初めて知ったのですが、若者の間で絵文字は、絵の通りの意味ではなく隠語として使われているそうです。例えばインスタのコメント欄で好意的な意味で絵文字を使っているように見えて、実はいじめの意味合いで使っていたり。だから捜査している警察は、被害者と加害者が友達だったのかと見誤るけど、実はそうではない。大人には分からない子供の世界が、昔よりももっと複雑化している。

私の世代にとってSNSのようなツールと言えば、小中学校の時は交換日記でした。ノートに好きなこと(今思い返すと、ほとんどしょーもないこと)を書いて、友達に回してというのを繰り返すアナログなコミュニケーションツールです。携帯については、私は持つのが周りより少し遅くて高校生の時から持ち始めました。メールはあるけど、SNSはまだない時代。ただ単純に友達とやり取りするのが楽しくて使っていました。携帯が普及し出した頃も、それが元で若者が犯罪に巻き込まれる事件はあったと思うので、単純に昔の方が平和だったとは思いませんが、SNSが普及したことで、親の知らぬ間に子供が世界中の顔も知らない人と簡単に繋がれるようになったということに、もっと大人が危機感を持たないといけないのかなと思いました。

SNSはただのコミュニケーションツールではなくて、使い方によっては、人々に簡単に偏った思想を植え付けるツールになり得ます。例えばインスタで欲しい物を少しでも見ようものなら、それに関連する広告が滝のように流れてくるように、少しでも偏った思想の情報を見ようものなら、その偏った思想がさも正しいと思わせるような情報が大量に流れてくるわけです。そういった偏った情報を日常的に得られてしまうことで、親がどんなに真面目働き、子供を愛していようが関係なく、無自覚に偏った思想に染まってしまう危険性がある。大人の私でも、たまにインスタの情報に躍らされそうになるので、子供たちへの影響は相当だと思います。

印象的だったのが、加害者ジェイミーの父親の「部屋にいるから安全だと思っていた。」というセリフです。ジェイミーは「男らしさ」や「逞しさ」を求める父親との関係に悩んでいましたが、親子関係に多少問題はあれど、エピソード4で描かれるジェイミーの家族を見ていても、犯罪者を生むような家庭には見えないんですよね。実際ジェイミーが逮捕された時には、家族全員で彼を無実だと信じてサポートしようとするし、本当にどうしてこうなったんだろうと。父と息子の小さな溝がSNSの影響で肥大化してしまったのか。部屋にはいるけど、「何をしているか」までは目が届いていなかったということが、親子間のコミュニケーションの少なさを物語っているのか。でも子供をずっと見張っているわけにもいかないし…。子育て経験のない私には分からないこともあるし、自分の中でまだまだ整理しきれませんが、このドラマで描かれていることって、私たちにとって他人事ではなく、実はとても身近に起こり得る問題だと思います。もっと私たち大人が先回りして真剣に考えないと、これからの時代、本当にどうなっていくのか分からないなと思いました。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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